カラメル焼き

青空と鳥のさえずり、そよぐ風
何とも気持ちのいい午後のひととき。
愛猫は今日も丸くなり、お腹がゆっくり膨らんだり、戻ったりを繰り返しながら、寝ている・・・時折、耳をピクピクさせて風の音を聞いている。

そんな、まったりとした午後に、突然何かが起きるはずもなく、みゆきも猫の側で、うたた寝をしていた。

穏やか、安心、平和・・・・

こんな毎日が、ずっと続いてくれたらいいのにな・・・と、ウトウトしながら、そんな事を考えていた・・・。

ピピッ、ピピッ、ピピッ・・・
アラームの音で、みゆきは一気に現実に引き戻されていく。

みゆきは、短編小説を書く作家であり時々、エッセイも書いたりしている。
今回は、短編小説を書いているのだが、締め切りが迫っていた。

「あ~どうしよう・・ストーリーが降りてこない~」とつぶやきながら、上を見上げる。

みゆきの場合、いつも何か、インスピレーションのようなもの?荷物がドッサって上から降ってきて、小説やエッセイを書いている。

しかし、今回は、なかなか降りてこない。
「あ~どうしよう・・・」

その時、子供の頃に食べていた、カルメラ焼きのようなものが、降ってきた感じがした。(みゆきの頭の中の映像)

そうだ!子供の頃の体験をストーリー化すればいいかも?

海で拾った貝殻、実は古代アトランティス時代に誰かが大切にしていたものだったり・・・
友達と一緒に行った、あの洞窟はタイムトンネルだったり・・・
友達と一緒に遊んでいた時、たまに来る見知らぬ少年は、実は、よその星からきた子だったり・・・

子供の頃の事を思い出していると、いろいろなストーリーが作れそうな気がしたきた。

「う~ん、どれを選ぼうかな・・・」

みゆきはワクワクしながら考えた。

「うん、これにしよっと!」
「にゃ~」
側で寝ていた愛猫が急に鳴いた。

窓の向こう、白い野球帽をかぶった少年が、自転車に乗って遠く離れていくのが見えた・・・

黄泉への階段踏み外した男

北風が吹く一段と寒さが増した夜、空から雪がちらほら降りてきた。
誠二は行きつけの居酒屋で酒を飲み、一人ため息をついていた。
3日前、妻の和美が子供を連れて家を出て行ったのだ。

誠二と和美は、誠二が20歳、和美が18歳から同棲して和美が20歳の時、結婚した。
あれから20年、2人の子供に恵まれ幸せに暮らしていた・・・としたら、こんなことには、なっていない。

誠二は仕事が長続きせず、転々と仕事を変え、一向に仕事が安定しない。
よって、収入も安定しない。
そのくせ、ギャンブル好きで、ギャンブルに入れ込んで借金まで作ってしまった。

借金の事は、和美には内緒にしていたが3日前に、とうとう和美にバレてしまい、和美は激怒して子供を連れて家を出て行ったのだ。

誠二は、和美と子供達がいなくなり、改めて自分の不甲斐なさと失望感を味わっていた。

お勘定を済ませ、店を出てフラフラ歩いていると、突然、目の前に車のヘッドライトと急ブレーキの音!



どれほど時間が経ったのだろう・・誠二は気が付いた。
辺りを見渡すと、白いモヤがかかっていて先がよく見えない。
しばらくすると、だんだんモヤは消えていき周りの景色が見えてきた。
目の前には長く続く階段があった。

誠二は、ここがどこなのか?この階段を上って高い所から見てみれば、わかるかもしれない・・・と思い階段を上り始めた。
一段、一段上っていくうちに、誠二は今までの事をいろいろ思い出した。
和美と出会った時の事、一緒に行った海、一緒に見た夕日、一緒に行った夏祭りや花火大会・・・
思い出すのは、和美との思いでばかり・・・そして子供達との思いで・・・

誠二は、階段を上りながら、泣いていた。
あんなに、あんなに、幸せだったのに・・・何でオレは、もっと大切にしなかったんだろう・・・
何で、自分が幸せだった事に気づかなかったのだろう・・・

ごめんな和美、ごめんな優香、賢人・・・

オレが悪かった・・・だから、お願いだから戻ってきてほしい・・オレ、生まれ変わって、今度こそ絶対お前たちを幸せにするから
和美~優香~賢人~戻ってきてくれ~
誠二は階段を見上げ、泣きながら叫んだ。

すると、どこからか、和美の声がした「誠二」
誠二は、和美の声に後ろを振り返った!
そのとたん、誠二はよろけて階段を踏み外し転げ落ちていった・・・


「誠二!!誠二!!」

誠二は、もうろうとした意識の中で見たものは、一番大切な人の泣き顔だった・・・

もう、泣かせないから、ごめんね・・・

不思議な壺

サトシの休日は、いつもスマホでゲームをしたり、ネットで買い物をしたり、ほとんどスマホと共に過ごしている。
そんな、ある日の休日、何気に開いたフリマアプリ。
いろんな物が売られていた。その中で、ちょっと、変わった物が売られている。
ひょうたんの形をした壺。
縄文時代の土器のような模様が入っていて値段はそれほど高くない。
商品の説明を見ると「願い事が叶う壺。信じるも信じないもあなた次第」と書いてあった。
サトシは何だか面白そうだと思って購入をポチっと押した。


壺を購入してから1週間が経ちまもなくサトシのもとに、壺が届いた。
壺と一緒に、説明書が入っていた。
説明書を読むと、「ようこそ、新しい世界に!この度はわたしの世界で作ったこの商品をお買い上げいただきありがとうございました。この商品は、願い事を叶えてくれる優れものです。これを手にしたあなたは、お目が高い方だと存じあげます。この商品の使い方は、非常に簡単で、願い事をこの中に伝えればいいだけです。それだけで、いいのです。さあ、早速試してみましょう!あなたの新しい世界の幕開けです。」と書いてあった。
サトシは、半信半疑だったけど、とりあえず試してみようと思い壺の中を見ながら「ラーメンが食べたい」と言ってみた。


しばらくすると、玄関のチャイムが鳴った。サトシが玄関を開けると「毎度ありがとうございます。ラーメンショップ蘭丸です。本日は開店5周年記念キャンペーンで、常連のお客様に無料で新メニューのラーメンをお届けに参りました。今後ともラーメンショップ蘭丸をよろしくお願いいたします。」
と言ってラーメンを置いていった。
サトシはびっくりした「マジか!こんなことある?」
半信半疑のまま、とりあえずラーメンを食べて落ち着くことにした・・・ラーメンは思いの外美味しかった。

ラーメンを食べて落ち着いたサトシは、壺をしげしげ眺めた。
そして、壺の中を覗いてみた・・・水を入れたら花瓶として普通に使えそうだ。

「偶然かぁ?」

サトシは、もう一度試すことにした。
「お金持ちになりたい」

サトシはどうやって、今すぐお金持ちになんてなれるんだろう・・・

など考えながら、またゲームを始めた。

しばらくゲームをやっていると、のどが渇いてきて、コンビニに行くことにした。
玄関を出てコンビニに向かって歩いていると、急に風が吹いてきた。そして風に吹かれて何かが飛んできた。
サトシは、何だろう?と思い拾ってみると、宝くじだった。
「なんだ、宝くじか、誰かがはずれ宝くじを捨てたんだろう・・・」後でゴミ箱に捨てようと思ってポケットに入れた。

コンビニに着いてコーラとポテチを買い、ついでにシュークリームも買った。

コンビニの帰り道、一人の男がいて何かを探している様子だった。
サトシは、その男に「どうしたんですか?」と聞いてみた。
その男は「宝くじを無くしてしまって・・・」と言いながら、辺りを探していた。

サトシは「??宝くじ?・・もしかして、これですか?」とポケットに入れた宝くじを差し出した。
男は、さっとサトシに近づいて、宝くじを確認すると「あった~!いやぁ~ほんとに、ありがとうございましたぁ。ここ、見てください、小さく文字が書いてあるでしょう?私が書いたんです。私のものと分かるようにね」と宝くじを見せてくれた。
宝くじの隅に赤丸で囲んだ福という文字が書かれていた。
男はサトシに「ほんとうに、ありがとうございました」と深々とお辞儀をして立ち去っていった。

家に着くとサトシは、あの宝くじは何等が当たっていたんだろう?
とか、そのまま話を聞いて知らないふりしてればよかったかな?
もしかして、あの宝くじが、お金持ちになることだったのか?だとしたら、願いはどうなるんだ?
とか、あの男の人、ちょっと不思議な感じがしたな・・・とか、いろいろな考えが頭の中に浮かんできた。

それから数日が過ぎたある日、仕事から帰って、くつろいでいると玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう?と思ってドアを開けると、宝くじの男がニコニコしながら立っていた。
男は大きなボストンバックを持っている。
「こんばんわ、先日は本当にありがとうございました。あっ、申し遅れました、私、早川省吾というものです。今日は先日のお礼にきました。ちょっと失礼してもよろしいですか?」
サトシは、戸惑いながらも「どうぞ」と部屋にいれた。

省吾は部屋に入るとドカッと重そうなボストンバックを置いて、中を開けた。

そこには、お金がいっぱい入っていた。
「えっ?なっ、なんですか?こ、これは?」

省吾はニコニコしながら「先日のお礼ですよ」と言った。
「でも、何で、こんなに?」

「私は、たまたま宝くじを買いました。それが、たまたま高額当選しまして、当選額全部もらうより、あなたのような正直な方に半分分けた方が喜びが倍になりそうだし・・・実は私、もう、先は長くないので・・・人生最後に誰かを思いっきり喜ばせる事ができたら・・と考えておりました。それで、たまたま宝くじを買って、たまたま高額当選して・・・でも無くしてしまって・・あなたが拾ってくれた・・これはもう、こうするのが私の希望にかなった行動だと思って、あなたを探しあててここにきたのです。どうか、遠慮せず受け取ってください」

サトシは「でも、あなたの家族もいるんじゃないですか?家族のために使ってください」と言うと、省吾は「私に家族はいません、結婚した事もないし、両親はとっくに他界したし、兄弟もいません。ですから、どうぞ受け取ってください」

「分かりました。それほど言うなら、受け取らせて頂きますが、引き換えに、一つあなたの願いを叶えてあげましょう。あなたの願いは何ですか?もっと長生きしたいですか?それとも長生きしなくても、残りの人生誰かと一緒に過ごしたいですか?あなたの願いは?」

省吾は、ちょっと考えた・・
そして「長生きしなくてもいいけど、どうしても忘れられない人がいて、その人がまだ一人でいたなら、残りの人生、その人と過ごしたいかな・・」と言って寂しそうに笑った。

サトシは壺を持ってくると「この中に、その思いを伝えてください」
省吾は、えっ?何っ?という顔をして、でも壺を持つと「私の残りの人生、可奈さんと楽しく幸せに過ごしたい!」と言った。

「きっと、願いは叶いますよ、大丈夫、この壺は願い事を叶える壺ですから」
「ありがとうございます。少しだけ希望が見えました。それでは、突然ながら失礼いたします。」
と言って省吾は帰っていった。

省吾が帰ったあと、サトシはボストンバックを眺めていた。



次の日、サトシは目を覚まし昨夜の事をぼんやり考えていた。
まさに夢のような出来事とは、あのような事をいうんだろうな・・・

部屋の隅に置かれたボストンバック・・・

やっぱり、夢じゃないんだ・・・

もしかして、オレ、お金持ちになった?
すごい事が起きたんじゃない?!

マジ、あの壺、凄すぎる!!

これから、どうしよう?

まずは、ゆっくり落ち着いてコーヒーでも飲もう。

サトシはコーヒーを淹れに台所に行こうとしたら、何となく違和感を感じた・・・何だろう?・・・この違和感は・・・
ふと、部屋を見回すと、昨日まで置いてあったはずの壺が、割れて落ちていた。
えっ?何で割れているの?地震でもあった?
慌てて、壺のかけらを拾おうとしたら、かけらと一緒に、壺の説明書があった。
この、かけらを接着剤でくっつければ、元に戻るかな?まだ、使えるかな?
何気に説明書を、読んでみた・・・・・えっ!

説明書の下の方に米印があり、そこには注意書きとして「この壺を他人に使わせると、割れてしまい効力も無くなってしまうので、絶対他人には使わせないでください」と書いてあった。

サトシは、ちゃんと読んでおけばよかったと後悔し、がっかりした。

しばらく呆然としていたサトシは、気を取り直し、お金持ちになれたわけだし、このお金を使ってどう生きていくか考えようと思った。




月日が流れて3年が経った。
サトシは今、NPO法人を立ち上げ、生活困窮者自立支援事業をやっている。
生活保護を受けられない生活困窮者に住居を貸し与えたり、仕事を紹介したり、いろいろな悩みの相談に乗ったりと、なかなか大変だけどやりがいも感じている。

そんなある日、サトシは仕事を終え、家に帰ってくつろいでいると、玄関のチャイムが鳴った。
誰だろう?と思い玄関を開けると、そこに一人の女性が立っていた。
見知らぬ女性・・何か相談事をしに来たのかな?とサトシは思った。


「初めまして、早川加奈と申します。実は3年前、私の主人と私を引き合わせてくださいましたあなたに今日はお礼を言いたくて、お邪魔させて頂きました。」
サトシは「はぁ・・どうぞ中にお入りください」と言って加奈を部屋にいれた。


「私と主人は、3年前、この家から出てくる主人と偶然バッタリ会いました。それから、お互いこれまでの経緯や思い出話などいろいろ話して、間もなく結婚しました。最初、主人は結婚を拒みました。自分は病気で先がないから、結婚はしないと・・・でも私は主人と主人の残りの人生を一緒に楽しく幸せに暮らしていきたいと言いました。主人は、すごくビックリしてましたが、私に根負けして結婚する事にしました。主人との結婚生活は、とても楽しく幸せでした・・・ちょうど、3か月前、主人はあまり苦しまず幸せそうな表情でこの世を去りました。主人が亡くなる前に、願いは叶いました。本当にありがとうと、あなたに伝えてください。と私に言い残して逝ったのです。主人に変わってあらためて、お礼申し上げます。」と深々と頭を下げた。

「いやいや、僕の方こそ、あなたのご主人のおかげで、今の自分があります。こちらこそ、ありがとうございました。そしてご主人のご冥福をお祈りいたします。」
加奈は、サトシが淹れたコーヒーを飲み干すと、「それでは突然ながら失礼いたします」と言って帰っていった。
加奈が帰った後、サトシは、何か見覚えのあるシーンだな・・と思った。
そして、いろいろな思いが湧いてきた。
省吾さん、願いが叶ったんだ・・・残りの人生幸せに過ごせてよかった・・・

あっ!そういえば、あの時省吾さんも同じセリフ言ってた!!
「それでは突然ながら失礼いたします」



きっと、そうだったんだ・・・一緒にいたんだ・・・

私の中のあなたの世界

朝、6時に起きヨガをして、スムージーで軽い朝食をとり、新聞に一通り目を通し、身支度を整え家を出る・・・
それが、いつものさやかのルーティン。

でも、その日はいつもと違い何となく違和感を覚えた朝だった・・・
6時に起きヨガをして、スムージーを飲み、新聞に目を通し、身支度を整え家を出た。
玄関のドアを開けて、一歩前に出た途端、物凄い勢いでエレベーターで下に降りるような感覚に襲われ「ひゃ~っ!」と思わずしゃがみ込み、さやかは頭を抱えた。
高層ビルの屋上から、一気に地下室まで下りたような感じで、耳もキーンとした。
一体何が起きたのか、さやかには全く想像もつかない。

下に降りる感覚がなくなると、しだいに、さやかも落ち着いてきて、キーンとする音も聞こえなくなった。

さやかは、ゆっくりと立ち上がった。

目の前に映る景色はいつもと変わらない景色があった。

でも、何かが違うような気がする・・・・

さやかは、空を見上げた・・・・・「はぁ?」

「何?・・・空って、こんな色だっけ?」

さやかの見上げた空の色は、透明でキラキラ光っていて光輝く流れ星がビュンビュン流れていて、さやかはその空に目を奪われていた。
すると、その空はだんだん、目の前の景色を覆い、自分の周り全体を空が覆い、自分の足元には、どこまでも続く地平線が広がっていった。



自分は一体、今、何を見ているのか?

自分は一体、どこにいるのか?

さやかは、戸惑うばかり。


・・・・でも、何となく、心地がよくて・・・ホッとして・・・・体の緊張感がほぐれていき・・・

何だろう・・・?この感覚・・・


何となく、この心地いい感覚にひたっていると、どこからか声が聞こえてきた・・・かすかな声・・・

かすかな声は、しだいに近づいてきて、はっきり聞こえる・・・「私はあなた、あなたは私」

「私は、いつでもあなたの中にいます。ここは、あなたの中の私の世界」



あなたの知らない世界ではなく、あなたの中の私の世界?

つまり、私の中に、あなたがいるってこと・・・・

そして、私の中には、あなたの世界があるってこと・・・

何か、ちょっと、分りづらいけど何となく分かった。



「私は、いつもあなたの中にいて、あなたに、いろんなメッセージを送っています。
あなたの心が落ち着いている時は、メッセージは届くけど、あなたの心が乱れている時は、なかなか届かないようです。
私は、あなたと共に、いろんな冒険をしに、やってきました。
あなたが、いろんな冒険することで、私のアイテムは増えていき、時々、あなたを助けるために、そのアイテムを使うこともあります。
そして、冒険が終わる時、それらのアイテムは、あなたに宝物として贈られるのです。


あなたが、今、目にしている現実と言われるその世界で、私と共にいろんな冒険を楽しみましょう。
いつでも、私はあなたの中にいて、メッセージを送り続けます。
その事を忘れないでください。」


その声が、聞こえなくなると、だんだん周りの景色は元に戻っていき、最後に空の色もいつもの青い空になった。



さやかは、今、自分に起きた不思議な体験にドキドキしながら、深呼吸した。

一回、ふぅ~

二回、ふぅ~

三回、ふぅ~


その時、「おはようございます、いい天気ですね」と見知らぬおばさんがニコニコしながら挨拶してきた。

「あっ、おはようございます」と、さやかが言うと

「今日も、いい日になりそうですよ」と言って、さやかの前を通り過ぎていった。

さやかは、見知らぬおばさんの後ろ姿を見送りながら、初めて見るおばさんだな・・・と思った。

よく見ると、そのおばさんの手にはメリーポピンズの映画に出てくるような白いパラソルを持っていて、何だか楽しそうに歩いていた。

赤い風船

年の瀬も迫り、街は慌ただしさを増し商店街では年内一掃セールののぼり旗が、色とりどり賑やかに街を活気づけていた。

そんな街の慌ただしさとは裏腹に、千冬はのんびり買い物をしていた。

行きかう人たちは、足早に通り過ぎ、それぞれの目指すその店に吸い込まれていく人、出て行く人・・・

千冬は人流れを縫うように、歩いていると目の前に赤い風船がフワッと現れ「えっ!何?」

とっさに千冬は、その風船を捕まえた。

辺りを見渡すと、小さな女の子が、人混みの中、見え隠れしながら、こっちに向かって歩いてきた。

やっとのことで、千冬のところに辿りついた女の子は、赤い顔をしながら、風船を指さし「ソレ、ワタシノ、タイセツナモノデス。ソレガナイト、オウチ二カエレマセン、イツモ、ココニクッツイテ、イマスガ、ハズレテシマイマシタ」

と、小さな女の子は、手首にキラキラしたブレスレットのようなものを見せてくれた。

千冬は「そう、今度は外れないように、しっかりくくりつけてね」と言いながら、女の子に風船を渡した。

女の子は、嬉しそうにニッコリ微笑み「アリガトウ」と言って、また人混みの中に消えていった・・・



買い物をすませた帰り道、千冬はちょっと不思議な女の子の事を思い出していた。

ちゃんと、お家に帰れたかな・・・?あんな小さな女の子が一人で歩いてて、やっぱり一緒に付いていってあげれば良かったかな・・・

千冬は急に、女の子のことが心配になった。



もうすぐ、日が暮れる・・・

赤く染まった夕日が千冬の心を後悔させる・・・


赤く染まった夕日・・・

赤く染まった夕日・・・赤い太陽・・・えっ?

今、赤い太陽がかすかに、揺れた?

うそ?

太陽って揺れないよね?

でも、確かに丸い太陽がふわふわ揺れたのだ・・・


そう・・・無事にお家に帰れたんだね・・・・

小さな女の子からのメッセージに、千冬の心は、赤い夕日に染められた。

大きな猫

わが家の大きな猫

ご飯をくれる。

水をくれる。

時々、撫でてくれる。

大きな猫の名前は、ハルさんという。

ハルさんは、とても動き回る。

僕が「ねぇ~ここに座ってよ」と鳴いても、ハルさんは、チラッとこっちを見るだけで、スタスタ何かを持って別の部屋へ。

いつもハルさんが動き回る気配を感じながら、僕は眠る…

その気配は、僕を安心させるんだ…



しばらくすると、ハルさんがニコニコしながら、僕のところにやってきた。

「ねぇ、わたし猫語が喋れるようになったんだよ!わかる? わたしの言ってること?」

たしかに、猫語、喋ってる…ハルさん…あんまりびっくりしたから、言葉がでない…

「ねぇ、聞こえてる?わたし、猫語、ちゃんと喋れているかな?」

うん、ちゃんと喋れているし、ちゃんと聞こえているけど…言葉が出てこないんだよ!どうしよう…

ハルさんが、僕の顔を覗きこんで、「やっぱり猫語なんてわたしには、話せないのかな?」

ちょっと、悲しそうにハルさんが僕を見つめていた。

僕は思わず「そんな事ないよ!ちゃんと聞こえているよ!ハルさん猫語、ちゃんと喋れているよ!」

と言った瞬間、ハルさんが「どうした?夢でもみたの?」と微笑みながら、僕の頭を撫でてくれた。

オラクルカードの答え

 直人と彩音が出会ったのは、大学のアニメサークル
お互いにアニメが大好きで、いろんなアニメの話で盛り上がり、付き合うようになった。
大学卒業後、直人はIT企業のエンジニアに彩音は一般企業のOLになった。
仕事に就いてから、直人と彩音は、それぞれ忙しくなり、大学時代とは違って、二人の会う機会も減っていた。
それでも、二人は少しずつ愛をはぐくんでいった。


12月半ばを迎え、街のあちらこちらでは、クリスマスのムードが高まり緑や赤やキラキラな装飾とイルミネーションが主役のように光輝いていた。
そんな、街を歩く時、彩音はいつも、思った。
12月24日は、1年が始まって12か月と24日めだけにこと。
なぜ、12月24日が特別扱いされるのか?
他の日に対して、失礼じゃないか!
と、わけのわからぬ文句をつけて、結局はため息をつく。

そんな、まさにクリスマスに近いある日、直人から「クリスマスイブって予定入っている?」とLINEが送られてきた。
彩音は、驚きながらも「別に何も入ってないけど」と返信
すると「じゃあ、クリスマスイブ、空けといて、いつものあの店で待ってるから」と返信されてきた。

直人の仕事は毎年、年末になるとピークを迎えることを知っていたから、彩音は今年もクリスマスはボッチだろうと思っていた。
・・・・が、しかし今年は何ということだ!あの直人に会えるなんて、まるで織姫と彦星のようではないか・・・(年に1回以上は会ってるけどね)

そして、その日はやってきた。

約束の時間より、5分早く彩音は店に着いた。
店に入り席を見渡すと、直人が心なしか緊張した面持ちで席に座っていた。

「おまたせ、早かったね」
「いや、彩音も早かったじゃないか」

二人、席に座りコーヒーを飲みながら、お互いの近状報告など、いろんな話をし、ゆったり時間が流れた。


話が、一息ついたところで、今まで柔らかな顔だった直人の顔が急に硬い表情になり、彩音をじっと見つめ「あのさ、彩音、あの・・・オレと結婚してください!」
と言ったところで、側にあった水を飲みほした。

彩音は、心のどこかで、こうなるのではないか?という予感は、あったものの、いざ、現実に起きてみると、胸は高鳴り体は硬直して、頭が真っ白になった。
そして、彩音も側にあった水を飲みほした。

「すぐに、返事はしなくていいから、よく考えて返事、待ってるから」

と直人は言って、店を出て行った。


彩音は帰宅すると、ベッドに体を投げだし、今日の出来事を反芻した。

別に直人の事は嫌いじゃないし、むしろ大好きだし・・・
結婚・・・って、これからずっと一緒って事だし・・・
自分のいいところも嫌なところも、全部見られるってこと?・・・
逆に直人のいいところも嫌なところもわかってしまうってこと・・・・

そんな覚悟自分には、あるんだろうか・・・?

彩音の頭の中はもんもんといろんな不安や心配、迷い、ネガティブな思考でおおわれた。

「そうだ!オラクルカードに聞いてみよう!」

彩音は、時々、頭の中を整理したい時に、オラクルカードを使うことがある。

彩音は深呼吸してオラクルカードを切った。
そして、1枚をめくった。


そのカードはNO


えっ!まさかのNO・・・・
何で!?
やっぱり、やめたほうがいいってことなのかな・・・・・



彩音は、直人と出会った、アニメサークルで撮った写真や一緒に行ったアニメのフェスティバルで買ったグッズを眺めていた。
その中に、一冊のノートがあった。

手にとってみるとそれには、好きなアニメの裏情報とかアニメキャラの情報が、事細かに書かれていた。

「そういえば、このノート、直人のノートだった・・返すの忘れてた・・・」

何気にノートの表紙を見ると、直人のイニシャル・・・N.Oと書かれていた・・・

「えっ!そんなことってあり!?」

彩音は、すぐに携帯をとり、直人に電話をかけた。